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posted by: - | 2009.08.06 Thursday | |
KIMPSとは何か? どこからきて、どこへむかっているのか

左:神戸大学大学院経営学研究科教授 高橋潔 右:神戸大学大学院経営学研究科教授 金井壽宏

 経営人材研究所のHP開設を機会に、そのアイデア源であった神戸大学大学院経営学研究科の高橋 潔と、そのアイデアのサポーターのひとりで、ここの開設のきっかけとなった文部科学省の科学研究助成金を得た大型プロジェクトのリーダー金井壽宏とが対談し、ウェブサイト開設に向けた思いを語り合いました。

 つぎの5つのトピックについて、話し合いました。それらの表題はつぎのとおりです。かなり長くなっていますので、トピックごとに、隔週で順次5回にわたってアップしていきます。

トピック1 組織行動・人的資源(OB/HR)研究にメッカはあるか
トピック2 案ずるより生むが易し
トピック3 徐々に姿とパワーをあらわせばいい
トピック4 ひとの問題だが、経営人材の名のもとにミクロを超える
トピック5 システム・仕組みとして捉える
posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:42 |
トピック1 組織行動・人的資源(OB/HR)研究にメッカはあるか
金井 経営人材研究所、略称KIMPS(キンプス)と呼んでいただくように思っておりますが、この開設をめぐって、元々このアイデアを考え出した高橋さんと話し合う形で、このウェブサイトについて、お訪ねくださった皆さんへのメッセージにしたいと思っています。そもそも、高橋さんが、リーダーシップ開発センターみたいなものが、この国でもあったらいいのにと私に話したのがきっかけですね。

高橋 それがひとつのきっかけです。リサーチセンターを創るという発想をもったちょうどその時期に、立教大学にリーダーシップのセンターができるという話を耳にしました。それで、リーダーシップに関連しながらも、別の広がりをもった活動拠点が、神戸を起点として、関西にもあればさらにいいと考えました。元々立教大学は、産業・組織心理学では松井賚夫先生、また、労働経済学では武澤信一先生がおられたところですから、これまであった産業関係研究所をベースにして、心機一転して発展するのはいいことだと思って聞いていました。

金井 私もまた、ご縁がありまして、立教大学リーダーシップ研究所のお披露目のシンポジウムでリーダーシップの実践的持論について話してきました(これは、まもなく本の一章になりますし、また当日のわたしの話は、立教大学のウェブサイト(http://ils.rikkyo.ac.jp/) で、ほんのさわりだけですが、ご覧になれます)。
 神戸大学でも、たとえば、加護野忠男先生と私が、神戸大学経営学部組織論研究室という名称を使ってよく調査を行ってきましたし、管理会計研究チームは、神戸大学管理会計研究室の名の下に、定評ある調査を継続して行ってきました。
 インターネットの時代になった今、調査そのものをウェブ上で、しかもサンプルの代表性の面で信頼できる形でできればいいなぁというのが、高橋さんの希望でもありましたよね。

高橋 昨年度の修士論文の指導に際して、ウェブサイトを用いた調査とウェブサイトを用いた実験の2つを、試しに行ってみました。これもまた、文部科学省の大型科学研究費「再復興期に国家レベルの競争力を高める企業のコア人材の体系的な育成に関する国際比較」の一環としてなされたものです。私たちは将来、たとえば、50年後に振り返ってみて、組織行動論(OB: Organizational Behavior)と人材マネジメント論(HRM: Human Resource Management)の分野で定評のある調査は、いつもこのグループから出てきたなぁといえるような拠点をつくりたいと思っています。その手始めとして、まだ不備がありましたが、ウェブを利用した調査と実験を、「上司と部下の相性調査」、「採用面接実験」というテーマで試行できたのはよかったです。

金井 さて、世界レベルで見渡しても、OB/HRの際立った拠点、すなわち、経営学におけるひとの問題をとりあげるメッカ(別に宗教色をこめていうわけではないのですが)があるわけではありません。欧米の仲間ともよく話すのですが、この分野にメッカはあるかというと、答えはノーです。人事や組織論に詳しいひとなら、思考実験をしてみてください。OBやHRの分野で、名を聞いたことのある学者・研究者が際立って多い拠点と呼べるところとして、どこを挙げるでしょうか。

高橋 このサイトの訪問者の皆様にも考えて欲しいですね。

金井 どんないいスクールでも、1人か2人の著名な学者や研究者が集まっているだけです。ためしに名前をあげてみると、たとえば、スタンフォード大学ならJ.フェッファーと(もう引退が近い)J.マーチ。マサチューセッツ工科大学(MIT)ならダントツに目立つのは、P.センゲと(長らく名誉教授の)E.シャイン。ハーバード大学ならJ.コッターとA.ゼイルツニック。すごく有名な先生がいる場合でも、メリーランド大学にE.ロックがいるが、このひときりでしょう。T.ミエッチェルもスーパースターですが、ワシントン大学で目立つのはこの先生だけ。ミシガン大学は、R.リッカート以来、リーダーシップ調査の中核ではありましたが、往年(1960年代)に「ミシガン研究」という蓄積が生まれたときほど、現在では層は厚くはありません。リーダーシップ論でN.ティシー、HRM論で、D.ウルリックが目立つだけです。
 よく、南カリフォルニア大学(USC)こそ、組織行動論・人材開発論のメッカだというひとに出会う。正しいかもしれません。なにしろ、W.ベニス、E. ローラー、J.ガルブレイス、M.マッコール、(つい最近までは)J.コンガーがいたのだから。でもよく見ると、最初の3名は、やはり功なり名成し遂げたひとが、気候のいいカリフォルニアに集まっただけで、学派をなしているわけではありません。
 欧州でも、ロンドン・ビジネス・スクールでは、(S.ゴシャール亡き後)N.ニコルソンがやや孤軍奮闘、INSEADでは、M.ケッツ・ドブリースがわけあって退いた後、(カナダのマッギル大学とかけもちの)H.ミンツバーグがでんと構えているだけ(といっても、世界中飛び回っている)。
 ウェブサイトをお訪ねいただいたひとで、これらの名前を聞いてピンとくれば、そうとうな通ですが、人材マネジメント、経営人材の育成にかかわる実践家の皆さんには、これらの名前はどうでもいいことです。

高橋 そうかもしれませんね。

金井 さて、名前がどうでもいいことだとしたら、ほんとうに言いたいことは何かといいますと、「ここがメッカだ」という物理的な場や大学キャンパスは、世界中みてもないということです。あえていえば、心理学という基礎学問分野(ベーシック・ディシプリン)を産業と組織に応用するということで、非常の層の厚い人材を揃えたミネソタ大学と、今は昔の話になりますが、組織開発(Organization Development: OD)の黎明期に、NTL(National Training Laboratory:感受性訓練やTグループをはじめ、組織開発のセンターでもあった)の開設にかかわったD.マクレガー、E.シャイン、W.ベニス、 D.パッカードが勢揃いしていたころのMITは、モデル(手本)かもしれません。高橋さんは、ミネソタ大でM.ダネットに学び、私はMITでE.シャインに学んだので、やや手前味噌ですが、どう思われますか。

高橋 現在、メッカはどこかと言われると困るのは、そのとおりです。少し、ミネソタ大学からの教訓をあげるなら、M.ダネットとJ.キャンベルという両巨頭以外にも、現在ではP.サケットやD.ワンズが研究を率いており、心理学、経営学、経済学、統計学の乗り入れもよく、とくに心理学においては産業と組織への応用という面を最強にしたという点で特徴をもっていました。また、ダネットが中心になり、門下のL.ヘラヴィック率いるPDI(Personnel Decisions International Inc.)という行動測定で定評のある人事コンサルタント会社まであり、それが世界組織にもなっているので、ひとつの研究拠点であったかもしれません。
 しかし、今、世界を見渡したときに、ハーバード、スタンフォード、ウォートン(ペンシルヴァニア)、スローン(MIT)、ケロッグ(ノースウェスタン)、ミシガン、ミネソタ等々のビジネス・スクールを見ても、組織行動や人的資源管理の領域で、抜群といえる大学をあげろと言われると困ります。

金井 ここがメッカという物理的なキャンパスの場は、世界中みてもあまりないというときに、神戸大学では、(戦略と組織の両面ですが)加護野忠男教授、組織論で坂下昭宣教授、金井、労務管理で奥林康司名誉教授、上林憲雄教授がいて、クリティカルマス(十分といてる数)がいたうえに、ここ数年の間に、イオングループの人事部長経験者の平野光俊教授、ハーバードでも教鞭をとられていた三品和広教授、元リクルート・ワークス研究所の中心メンバー内田恭彦准教授(2004〜2006まで神戸大学、現在山口大学)、そして、今、お話している高橋さん、さらに金井の研究室で学位を得た鈴木竜太准教授、松嶋登准教授(それぞれ心理学的な組織行動論と組織社会学)を迎えることができて、非常に恵まれた状況にあると認識しています。隣接分野からは、ハーバードに長くいたと今述べましたが、経営戦略論の三品和広教授が、大きな構想をして戦略を立て最後までやり通す実行力をもった経営人材の育成に多大な貢献をする研究を蓄積していますし、また、ながらく工業経営論としても探求されてきたテクノロジー・マネジメント論では、原拓志教授も、薬品産業の調査研究にスタートして、この産業でのグローバルに通用する大型新薬にあたるような開発を担うR&Dのコア人材の発掘、育成、リテンションについて、人材マネジメントに近いところにも興味をもってくれています。キャンパスを超えてという意味では、兵庫県立大学の開本浩矢准教授とは、これまでの神戸大学ベースの調査でコラボレーションしてきましたので、KIMPSに立ち上げに最初から名乗りをあげてもらいました。とても、ありがたいつながりがここにローカルにあるのですが、この輪を広げたいというのが、高橋さんの構想の根っこにありますよね。
 わたしもまた、これを契機に、神戸大学大学院経営学研究科のわれわれの研究室を物理的場としつつ、キャンパスという垣根を越える場として、このウェブサイトが育っていったらうれしいと思っています。

高橋 私も神戸大学に来て感じたのは、経営学分野における教員の多さと質の高さです。東京の有名私学や一橋大学であれば、経営学・商学系で 60名以上の教員を抱えるケースもありますが、国立大学法人では、経済学部のうちに学科として設置されている場合がほとんどなので、経営系の教員が神戸大学ほど多くはいません。神戸大は博士の学位保有率も8割を超えていますし、ハーバードやMIT、スタンフォードなど海外での博士取得者も多く見られるのが強みです。
 また、他大学と比べて、組織・人事系でこれだけ教員・研究スタッフの層が厚く、バックグランドも世代も多様であることは、誇れると思います(実は、それがあってこの研究所が発足することになったのですが)。かつ、三品和広教授が、「戦略がうまく描けるかどうかは論理の問題というより、人材が育ち、どれだけ長い任期、経営の責任を担えるかどうかだ」と言っているように、経営人材の育成、選抜、発達に深い関心をもっていますし、製薬産業で技術革新の最先端を探っている原拓志教授が、研究開発の高度プロフェッショナルの問題に対して、発掘・育成・定着の観点から興味をもつなかで、「経営人材」「高度プロ人材」という視点が共有されてきた。ともに、会社のコア・コンピタンスを担うという意味ではコア人材です。コア人材の研究所というとわかりにくいので、われわれは「経営人材研究所」という広がりのある名を付けています。

金井 OB/HRという分野では未だにメッカはなくても、わが国では、大学の変革期にリサーチベースの大学を絞り込む政策のなかで、一橋大学と東京大学と神戸大学の3校が、経営学研究の中核という位置づけとなりました。COEから次期のグローバルCOEへの過渡期、また、金井をリーダーとする大型科研の3年目にさしかかるときに、KIMPSが開設されるのは、タイミング的にも大切な時機だと思っています。
 かつて、ダイアナ・クレーンは、キャンパスの壁を越えたインビジブル・カレッジ(見えない大学、不可視の大学)という考えを提唱しましたが、わたしにとっても、神戸大学が物理的には大事なリサーチ現場であっても、大学の壁を超えたつながりが大事です。かつて、MITのマイケル・ラッパは、化合物半導体、なかでもガリウム砒素の研究をしているひとたちは、世界レベルで不可視のカレッジのようにつながっていることを調べ上げました。神戸大学の仲間や神戸大学ゆかりの強連結でつながるひとたちも大事ですが、私自身も、たとえば、東京大の藤本隆宏さん、新宅純二郎さん、一橋大学の沼上幹さん、守島基博さん、米倉誠一郎さんなどは、キャンパスの壁がないのではないかと思うぐらい、近しい存在です。
 インビジブルマンを透明人間と訳したノリでいけば、インビジブルカレッジとは透明大学です。最初は弱い連結でも、皆がつながることができる透明大学は、ウェブがあれば実現可能であり、いいコンタクトの泉となります。「むりのない、さりげないメッカ」がOB/HRの分野で、ウェブを訪ねてくださる皆さんとともに、徐々に育てられたら、幸いです。

高橋 「経営人材」というテーマ領域だからこそ、層が厚くなった神戸大学を中心にしながら、他方で、決して内輪で固まらずに、世界に目を向けた、社会的にもインパクトのある研究をめざすために、金井さんの言葉でいうと、「むりのない、さりげないメッカ」として、このウェブサイトをこれから育てていこうというわけですね。それも、私たちだけでなく、ここを訪れてくれる人材マネジメントの専門家、経営者、ほかの研究期間の研究者とともに、育てていきたいというわけですね。

金井 そのとおりです。このことが、次のトピック―おおげさに準備を万全にと思っていると、いつまで経ってもなにも始まらないので、まず、スタートしてみよう―につながっていくわけです。
posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:42 |
トピック2 案ずるより生むが易し
高橋 前回は、拠点がない分野だから、まずつくってみようというさりげない気持ちを話しました。最初から研究所としての完璧な形を創ってお披露目するというのは難しいことなので、メンバーの論文を(著作権などの問題がないものについて)ダウンロードして入手できるようにしたり、ブログを通じて情報提供をしたりする。できそうなところから、最初の一歩を踏み出そうというわけです。

金井 恥ずかしながら、私は研究室に秘書さえおかず、大学院生のひとたちのことはとても大切に思っていますが、研究室一丸となってなにかをやるというよりは、1人ひとりの研究を尊重し、その場合も、独りでシコシコ本を読み、調査して、論文を執筆するというパターンです。いろんな研究会や学会、研究グループでの刺激で救われていますが、高橋さんがこういうアイデアを提起されなかったら、自分からウェブサイトをみんなといっしょにつくろうなどとは思いつきませんでした。おまけに、こういう情報テクノロジーにも疎く、弱いので。

高橋 世界を目指すというのなら、日本語だけのサイトではいけないでしょう。でも、最初から英語併記にしようと思ったら、立ち上げが簡単に1年は遅れてしまうでしょうから、まずスタートしてみようということです。

金井 大きなうねりになるような研究の蓄積や流れも、最初は小さな泉からです。ハーバード大学でホーソン実験がはじまったときも、スタートはただの照明実験でした。組織開発(OD)を言い出したのも、一握りのひとたちからです。今は、スタートにあたってウェブの助けを借りることによって、物理的場とは別に、情報についてのもうひとつの場ができて、将来は、そこに集う方々ともかかわる形で、信頼できる調査などが実施できるまでになれば最高です。
 ひとつのエピソードを紹介したいと思います。かつて、日本で多国籍企業の本格的研究がなかったときに、神戸大学におられた吉原英樹教授は、ハーバード大学のR.バーノンを中心とする研究チームを訪ねられたときに、多国籍企業のデータベースを見せてもらって、「なーんだ。このキャビネットに収まるぐらいなら、自分にもできる」と思い、日本でもスタートされたそうです。なにしろわが国では当時、企業活動の国際化、グローバル化を語るひとたちはいても、具体的に、松下は多国籍企業なのかちがうのか、それでは味の素はどうなのか、花王は?というと、判断できる方法はありませんでした。いったい日本のどの会社とどの会社が、ハーバードの研究チームが定めた操作的定義からすれば、多国籍企業といえるのかどうかが明らかにされない限り、意味のある調査はなんにも始まりません。そこでまず、日本の多国籍企業のデータベースづくり、簡単にいうと、日本のどの会社が多国籍企業なのかを示すリストづくりから始められたそうです。
私はこの話におおいに感銘しました。先生の話によると、「この程度のデータベースなら、ひとりでもこつこつやればつくれる」と、ハーバードのある部屋のキャビネットを実際に目で見て決断されたそうです。が、後から分かったことでは、実は、キャビネットだけでなく、その部屋全部がデータベースだったようです。そういう前向きなカン違いがコマを前にすすめるのに有益だったわけです。

高橋 私たちもそれに見習えというわけですね。たとえば、人事の分野で、戦略人材マネジメント(Strategic Human Resource Management: SHRM「シューム」と呼びます)で定評のある会社のデータベースなどというものを、米国版でも日本版でも、まだみたことはありませんね。

金井 データベースでもうひとつ思い出したのが、ハーバード大学のひとたちが、たぶん1970年代後半ごろにつくった、PIMS (Profit Impact of Market Strategy)というプロジェクトです。PIMSは、ハーバード・ビジネス・スクールのお膝元にあるSPI(Strategic Planning Institute)がセンターとなっていました。
 どこの会社にとっても、事業や企業を単位とする戦略にかかわるデータは、企業秘密ということに決まっています。しかし、PIMSに協力すれば、産業平均と比べたときのわが社の位置づけがわかるというインセンティブがあるため、また、PIMSという企画とSPIという組織、ハーバード・ビジネス・スクールが経営戦略で積み上げてきた暖簾ゆえに、戦略にかかわるデータが集まりました。その結果、PIMSのデータの分析から、興味ある戦略論の論文が1980年代に生まれてきました。それは古い昔のことではありません。
 ほかにも、大学がからまないと集まらないデータというのがあります。たとえば、日本で開かれたある国際会議で、なんと極秘に扱うはずの半導体メーカーの工場ごとの歩留まり率をプロットした図を、何度か目にしたことがあります。報告者によると、「他社の工場がどれかは言えませんが、協力いただければその結果をお知らせしますので、全体のなかで自社工場の位置づけはわかります」ということで、データを得たそうです。つまり、大学や大学と連携した第三者機関があれば、そうでなければえられなかったようなデータが集まることがあるのです。
 人事そのものの個別情報は倫理的にも秘密ですが、組織行動や人材マネジメントをめぐって、会社として行っていることは、経営戦略や研究開発の世界に比べると秘密が少ない。反対にいえば、人事関係の情報を公表しても、他社との戦略上の競争優位が損なわれるというようなことはないし、積極的に公開して、その見返りに、他社の実情や産業動向についての情報を得るほうが、都合がよいこともあるでしょう。ですから、どこかがクリアリング・センターとなって、データを渦巻きのようにうまく取り込み、だれにも迷惑をかけず、有益なフィードバックができるようになれば最高ですね。神戸大学でも、問題は抱えつつも、ウェブベースの調査と実験の試みが試験的には始められましたから。

高橋 われわれの分野ですと、PDIが人事アセスメント全般で豊富にデータをもち、リーダーシップでは、CCL(Center for Creative Leadership)がリッチに蓄積していますよね。たとえば、PDIでは、プロファイラーという360度フィードバック・ツールやタレントヴューというパフォーマンス・マネジメント・ツールがあり、全米から得たデータを標準として、自分の職務行動の位置づけがわかります。わが国では、リクルートマネジメントソリューションズのSPIが有名で、膨大なデータセットをベースにして、会社の応募者1人ひとりについて、知的能力や性格特性の水準が、全国標準と比べて示されます。こういう全国データの収集が、企業ではなく、研究機関をセンターにして行われれば、多方面に有用な情報を廉価で提供できるでしょう。
 ところで、私たちは今、近畿大学の小川千里准教授をコアメンバーに加えて、Jリーグでプロとして活躍されたサッカー選手のセカンド・キャリアの研究をしていますが、これも、大学という場がなければ、また、その大学に人材マネジメントや組織行動のスタッフが豊富でなければ、実現しなかったことです。半導体の歩留まりとは性質は違いますが、大学の研究者がインタビュアーでなければ聞けなかったような、マスコミの取材とは質的に異なる深いレベルの話をいっぱい聞かせてもらいました。
 Jリーグでは、毎年400名強の選手がプロ契約されていますが、その半数程度が公式戦出場0試合というくらい厳しい実力の世界です。プロレベルにまで上がってくるには、予想以上に辛い練習に耐え、ケガに悩まされ、心理的プレッシャーを跳ね除け、一般のわれわれとは比べものにならないほど努力を重ねてきています。華やかな世界だけに、周りからちやほやされ、浮ついているような印象があるかもしれませんが、インタビューをしたほとんどの選手から、厳しい世界ゆえの波乱万丈のキャリアについて、うかがうことができました。また、苦難を乗り越え、自分らしく生きるための勇気をもらいました。

金井 PIMSやPDI、SPIなど、こういう略称があふれていれば、米国には、「まるでアルファベット・スープのようだ(ABCをかたどったクッキーがスープの上に浮かんでいるので)」というジョークがありますが、われわれの経営人材研究所も、日本における人材マネジメントの情報ソースならKIMPSと言われるように、育っていきたいですし、また、そのためにご支援を賜りたいと思います。

高橋 人材マネジメントに関わる情報発信の場として、HP開設を提案した私でさえ、どういうふうにHPが展開されていくべきかについての見通しがあるわけではありません。

金井 私は、個人的には、それでいいのだと思っています。決して無責任な意味合いでなく、KIMPSが、神戸大学もしくはその近辺に研究所施設や建物を構える以前に、まず、OB/HRを中心にして、ひとと戦略、ひととテクノロジー、ひととシステムの関連を探求する研究者・実務家との間に、熱意、志、知的関心、実践の心を共有し、ゆるやかなつながりを生み出すことをめざしたらいいと思っているからです。
 ひとりでやっているわけではないということ。また、われわれだけの内輪でもないということ。そして、インビジブルカレッジといったものが、ウェブのおかげでできやすくなっていること。これらを考えると、めざす方向がおおまかに決まっていて、そこに熱意のあるひとが集うようになれば、KIMPSのパワーは、徐々についていくでしょう。さりげなくスタートしたものが、訪ねてくださるひとをエナジャイズする素材を蓄え、こちらも訪ねてくださる方からエンパワーされ、お互いが共振する部分が出てくれば、いいなぁ。
こういう発想を教えてくれた本があります。野中郁次郎先生が監訳された『出現する未来(プレゼンス)』(P.センゲ、C.O.シャーマー、J.ジャウォースキー、B.S.フラワーズ著、講談社、2006年)です。次回には、この点についてふれましょう。
posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:42 |
トピック3 徐々に姿とパワーをあらわせばいい
金井 私はキャリア研究のなかに、エピファニーという概念を導入していきたいと思っているのですが、同じ考えが、KIMPSの進化にもあてはまるかもしれません。エピファニーというのは、姿を見せることのない神がときとして顕現することを表します。たとえば、普段見られない仏像や御神体が開帳となる日。しかも、その扉は徐々に開く。
少し、キャリアの例でいいましょう。恩師のエド・シャイン先生に、「キャリア・アンカー(あるひとがキャリアを歩むうえでここだけは犠牲にしたくないと思うほど大事にしているもの、キャリアを歩むうえでの拠り所)は変わるでしょ?」という質問をしたことがあります。それは、私自身のキャリア・アンカーが長らく「自律(自分なりのやり方、ペースで仕事をすることを重視する)」だったのが、ここ数年の間に、「貢献(やっていることが役立つこと、どこかで社会に貢献できることを重視する)」に変わってきたからです。シャイン先生は、「アンカーが変わったのでなく、おまえが徐々に経験を重ねるにつれて、ほんとうの自分に気づいてきたのだ。経験しないと気づかない自分というものがあるのだよ」と説明されました。
 「アンカーは変わりうる」というほうがわかりやすいのですが、「人生やキャリアが徐々に姿を現すにつれて、本当の自分にあらためて気づくこともある」という言い方のほうが深いと思うこともあります。シャイン先生は使っていませんが、私は、これこそキャリアのエピファニーというべきものだと思っています。
 徐々に姿を現すというのは、KIMPSにもあてはまりませんか。

高橋 今は、立ち上げている最中ですから、たしかに、どうなるかわからないところがありますし、デザインしきることはできませんので、エピファニーにみたいな発想が、すこしはあてはまるような気がします。

金井 対談のために私が準備したパワーポイントのなかで、トピックの3として、「徐々に姿を現すのでいいでしょ?――プレゼンス、エピファニー」と書いたのは、そういう意味合いです。
 最初から、包括的なもの、完成度の高いものをという罠にはまるとなにもできなくなるものです。逆に、少しでも発信できるものからスタートして、トラフィックをふやしていければ、徐々にKIMPSがKIMPSらしい姿をあらわし(プレゼンス)、いったん動きが出だしたら、それが自己組織化していく側面、進展につれ新しい姿が顕現する(プレゼンス+エピファニー)と。

高橋 エピファニーとHPの進化・発展との関連で言えば、一般にHPを公開する側の傾向として、自分で情報を一方的に発信したいという独善性があるように思います。自分が見てほしい、勝手に面白いと思っている独りよがりの情報発信が多いように感じます。われわれの研究所のHPでは、できる限り内輪の独善を廃し、徐々にプレゼンスを示していながら、訪問者から常にありがたがられる、ダウンロードしておまけがもらえる、ご利益がある、占いではないけれど将来がわかる、そういう活動の進化があればいいですね。

金井 前回の結びで紹介した野中先生監訳の『出現する未来』によると、プレゼンスというのはとても興味ある概念です。「真のビジョンはあきらかになっていくのであって、つくられるものではない」(161頁)とか、「効果的なプロトタイピングに必要なのは、自分の奥底にある直感の源(ソース)と大いなる意思にたえず繋がり、根を張るとともに、自分の行動に対するフィードバックに耳を傾ける能力である。心を開いていれば、何を学ぶべきかは、大きな環境が教えてくれる」(179頁)とかの表現のなかに、プレゼンス(出現)というアイデアの香りを嗅ぐことができると思う。ここでは、その全貌の要約はむずかしいですから、ぜひ、書籍をまるごとご覧ください。
 われわれが、OB/HRについて、ブログを通じて議論をスタートさせたいと思っていたちょうどそのときに、「徐々に姿を現す」というなんでもない言葉になりますが、エピファニーとかプレゼンスという概念が、組織論の最先端を照射しつつあることが、とても興味深く私には思われます。

高橋 ふんふん

金井 組織論からさらにコミュニティ論にまでたどりついたリチャード・フロリダが、クエイティブ・クラスと呼ばれる人びとを集める魅力ある都市の特徴を調べています。「クリエイティブ・クラスの勃興」という書籍がベストセラーになり、「クリエイティブ・クラスの流出」がその続編となっていて、さらに、アカデミック版の書籍もまた出ました(邦訳では、第2の書籍が、4月はじめに出るようです)。
 世界がウェブでつながっていれば、実際に居住する場所はどこでも関係ない、ビジネスや情報に対して地理は影響しないというのが、地理的条件の無差別性の論理であり、ひととひととが対面しなければ成り立たない場の復活に対する批判のひとつでした。彼の反論は、情報はもうどこでも手に入るのならば、よりいっそう、住む場所にこだわるようになるだろうというものでした。海の青と木々の緑、自然との共生を感じられる地域が、より多くのクリエイティブなひとたちを集められると。
KIMPSは、Kobe Institute for Management and Personnel Studiesの略であり、頭文字のKは神戸を指しています。「経営人材研究所」と漢字の名称では書いていますが、英文表示にKobeと入れました。情報がもっぱらウェブから得られる時代にあって、OB/HRについて訪ねていって議論するのなら、神戸という地域がよさそうだ。山と海の両方に面した地の利のこだわったほうがよい。そして神戸大学という場の魅力も大切にしたいと思っています。

高橋 経営人材研究所とKIMPSと、どちらの名前が早く普及するかはわかりませんが、どちらもいい名前だと思います。

金井 会社は会社で、クリエイティブなひとが集まり、(職場として)生きる場として好きになれるところと、クリエイティブなひとがせっかく入ってもすぐに辞めてしまうか、そもそも入ってこないところもあります。R.フロリダがいったことは、街や都市レベルですが、居住する場の大切さは、どこかで、人材の問題をマクロにつなげる鍵を握っているように思います。
 私のMITでの博士論文は、ボストン近辺の企業者ネットワーキングの調査に基づくものでした。ちなみに、サンフランシスコ、ボストン、シアトルが、R.フロリダの都市リストでは、クリエイティブなひとを惹き付ける3大都市にあげられています。

高橋 情報化社会が進展すればするほど、居住する場所の快適さが創造性を決定するというのは、東京一極集中のわが国にあっては、とても示唆的です。日本人の情感を醸し出すもととなる自然の豊かさや、四季折々の風情を守ろうとするのは、大阪・神戸を活動の場とする世界的建築家の安藤忠雄氏も強調することですが、世界と直につながれば、逆に生活環境のよいローカルにこだわるというのが、逆説的で面白い。

金井 ひとの問題は、ものすごくミクロで、パーソナルことでもありますが、他方で、企業全体の活力、産業の活力、都市の活力、果ては、国の活力にまでかかわってくるということを示唆しています。ひとの問題を研究していますということ、「細かなこと」「小さなこと」というコメントを受けることが多くあります。しかし、決してそうではありません。その理由として、OB/HRや経営人材の発掘や育成という問題が、マクロに対してもっている意味を、 1人ひとりの生き方を超えて、経営の仕組み・システムのなかにかかわってくるという問題を、これから論じてみたいと思います。

posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:41 |
トピック4 ひとの問題だが、経営人材の名のもとにミクロを超える
高橋 組織行動論は、日本ではながらく、ミクロ組織論と呼ばれてきました。わたしも、そういうタイトルの書籍の中で、公平性についての章を書いています。組織行動論と密接に関連する学問領域として、産業・組織心理学というのがあります。これはもともと、産業心理学と組織心理学という、心理学の2つの応用領域が合体されて定着してきた心理学の部門です。
産業心理学というのは、優秀な企業人や軍人などを採用・選抜するにあたって、知的能力やパーソナリティ特性、適性などをいかに評価・アセスメントするかという問題に直面して、心理学の知識を十分に活用しようとして生まれた領域です。一方、組織心理学は、人間や社会の活動が、ばらばらな個人の集まりではなく、組織というものを中心に展開されるようになった20世紀という組織の世紀にあって、組織のなかで人々が1つの目的に向かって共同していくためには、やはりモティベーションとかリーダーシップが問題となってくる。組織における人間の問題を、心理学的に検討していこうとする研究領域が組織心理学です。その意味では、組織行動論とかなりオーバーラップしてきますが、応用領域である組織心理学を教授する余裕のある心理学部をもつ大学は、アメリカでもそう多くないのに対し――ハーバードやイェール、スタンフォードなどの有名大学でもありません――反対に、組織行動論を教授しないビジネス・スクールがきわめて少ないという、おもしろい現象がみられます。
わが国では、おそらく状況はもっと悲惨で、心理学部を設置する大学がわが国には6校しかなく、しかもすべてが2000年(平成12年)以降の設置ということで、高等教育において、心理学の伝統が薄いわが国では、臨床心理や教育心理については勉強できても、産業心理や組織行動に関する知識を得る機会は相当とぼしいといわざるを得ません。

金井 日本では、産業・組織心理学の分野まで含むほど充実した文学部心理学科、あるいは心理学部というのが稀であるのでしたら、いっそう神戸大学大学院経営学研究科や経営学部では、経営管理や組織行動、キャリアに関する科目が豊富にあるので、ここでも、このキャンパス内はいいよというだけでなく、広くキャンパスを超える世界とつながり、同時に、われわれに魅力を感じたクリエイティブ・クラスがこの場をしばしば訪ねる、一部のひとは入り浸る、さらには、常駐するようなひとまで出てくることを、希求したいものです。KIMPSの役割もそこにからむでしょう。また、文学部や心理学部のなかでなく、ダイナミックでエネルギーあふれる経営の現実に取り組むビジネス・スクールにわれわれが立地していることをリッチに活かしたいです。
 わたしは、経営学のなかで、ひとの問題が大事だとは思っていますが、ひとの機微には詳しいけれど、ビジネス音痴だというようでは、将来の経営人材にはむかないし、また、経営人材の育成のプロにもむかないでしょう。人事担当のトップが、戦略を議論するテーブルに呼ばれるかどうかが、いつも話題になるようになっている時代です。高橋さんと一緒に経営人材の育成で定評のある米国の企業を訪ねたときに、「have a seat at the strategy table」「deserve a seat」という言葉がよく聞かれました。われわれは、その意味で、経営人材研究所に集うひとが、OBやHRのエクスパートだけでなく、経営者自身、戦略マインドをもったHRスタッフ、さらには戦略論のプロも含むようになることを期待しています。
 神戸大学大学院の金井研究室は、主としてOBのゼミですが、いつも、組織行動論をやっていて、戦略論に音痴ではいけないということを、口を酸っぱくして繰り返し強調しています。ひとりひとりのやる気は高いが、みんなが戦略的には間違った方向に元気よく走ってしまったというのでは洒落にもならないからです。

高橋 私は、これまで研究領域として、労働に関わる心理学を一貫して選んできたわけですが、わが国における心理学教育の実情から、文学部→ 社会学研究科→商学研究科というように、おおよそ心理学とは関連のなさそうな学部・研究科に所属してきました。大学教員として教鞭をとった学部も、総合政策学部と経営学部・経営学研究科であり、純粋に心理学系の学部ではありません。慶応で博士課程に在籍していたときの指導教員は、佐野陽子先生というわが国の労働経済学の第一人者の方でしたし、また、留学先のミネソタ大学では、応用心理学研究での学位を得る目的から、心理学部・経済学部・統計学部・経営大学院の授業を履修することが求められました。そのために、お互いに関連の少ないさまざまな学問の知識を得ることになりました。学際的という言葉がありますが、自分の教育歴では、まさにそれを地で行っているようなところがあります。だから、心理というミクロを対象に選んでいながら、どこか経済や市場、組織といったマクロに連携することがあります。認知心理や臨床心理ならまだしも、社会という言葉を冠していながら、ミクロにしか興味を示さない社会心理学者の研究には、不満を感じることもしばしば。

金井 そうなんですね。高橋さんの経験のなかでも、心理学というミクロを、マクロの労働政策の問題につなげるというような視点があるのですね。
 わたしもやはり留学中に原体験となったことがあります。わたしは、MITにつく前は、ミドルから盛り上がるイノベーションや変革に興味をもつともに、伝統的なマネジメントにはそぐわない創造的な場、とりわけ研究開発部門の風土にも興味をもって、フィールドリサーチをしていました。この分野で、最もよく知られた研究者のひとりがトーマス・アレンでした。だから、MITについてすぐに濃いコンタクトをしたのはトムでした。彼は、いろんな研究所のなかに、コミュニケーション・スターもしくはゲートキーパーと呼ばれる人物がいて(2、3名いることもあります)、そのひとたちが研究所内のコミュニケーション・ネットワークのハブとなっており、そのゲートキーパーに皆が情報や意見、技術的アドバイスを求めることが理由となって、そのひとたちが、所属研究所の外にある科学・技術の世界とつながっていることを発見しました。
 彼が、よくジョークでいったのは、「サイエンティストは論文を読んで論文を出すが、エンジニアは、なにかいいものを出すのが主眼で、論文を書くのが存在証明ではないので、あまり論文を読まない(Engineers don’t read much, do they?)」と、クラス内のエンジニア出身のMBA学生によく語りかけたものでした。最新の文献をしらないのに、最先端の開発ができるのは、ゲートキーパーが外から有望な科学技術情報をとってきているからです。これは、MITのリンカーン・ラボラトリーとか、あるいは民間の企業の研究所などの現場、ひとつひとつのミクロの現場からわかったOB(組織行動論)的な発見事実ですが、トムはここから、米国の科学技術政策のありようについて発言します。

高橋 そうですか。それはおもしろい。

金井 同様に、MITのエリック・フォン・ヒッペルは、わたしも大きな影響を受けたこの分野の大家ですが、最初は先進的ユーザーがイノベーションの源泉であることにご執心でしたが、ある時期からは、ライバルも情報源であると考え、競合他社のエンジニアがインフォーマルにどのようにノウハウを交換しているかを調査しました。そこからの発言は、「日本では当時の通産省が音頭をとって、超LSI研究組合などを実施してきたが、米国では、それにあたるもの(機能的等価物 functional equivalentといいます)が、このインフォーマルなノウハウ交換にほかならない」というものでした。競合他社のエンジニアやサイエンティストが情報を交換する場は、同じシステムを使っている場合には、ユーザーグループの場だったり、MITの同窓会だったり、すべてミクロな場です。しかし、このミクロでおこっていることに、マクロ的な意味合いがあることをごく自然に強調していました。こういうことが、わが国のOB/HRにも必要なのではないでしょうか。

高橋 それで気づいたことで指摘しておきたいことがあります。われわれは今、元プロサッカー選手のセカンド・キャリアを研究していますが、一人ひとりのJリーガーが経験したことは、非常にパーソナルでミクロなことですが、引退を向かえ、そしてその後の人生をどのように歩んで行ったのか、この困難なキャリア上の節目を、決してスムーズではなく、しかし自分で納得し折り合いをつけて、デコボコを乗り越えるのに、どのような支援を行うべきかを探る調査の集積は、引いては、この国のおけるスポーツの振興政策にまで、示唆が与えられると思います。たとえば、Jリーグでは、キャリア・サポート・センターをつくっており、螢螢ルートで活躍された八田茂さんが陣頭指揮をとるなど、スタッフや活動にも恵まれ、プロ野球をはじめ多方面から、その先見性に対して、敬意と羨望の混ざった目で見られています。しかし、われわれが考えていくべきことは、外的なキャリアをいかにスムーズに展開させていくかではなくて、金井さんの指導教員のひとりでもあったエドガー・シャイン先生が強調するような、内的キャリアの問題をいかに本人が苦労して折り合いをつけていくかです。
 また、オリンピックやプロの世界で、トップ・アスリートとして競技スポーツを極限まで追求してきたひとが、引退後どのように適応するかという問題は、あらゆるキャリアの節目に際して、たいへん有望な示唆を与えることができると思います。国の労働政策として、たとえば厚生労働省が、ニート・フリーターを例にあげた若年の労働問題に対して、何らかの政策立案を行うにあたって、また、2007年以降に大量退職を迎える団塊の世代のセカンド・キャリアと第2の人生の問題に対して、何らかの方針を打ち出していくにあたって、トップ・アスリートのセカンド・キャリア研究から得られた知見から、大きなインプリケーションを与えられるはずです。
 (6/17(日)に、ソウル五輪シンクロ・デュエット銅メダリストの田中ウルヴェ京さん、元浦和レッズの西野努さん、元ラグビー日本代表の林敏之さんをお招きして、トップ・アスリートからキャリアの問題を学ぶ機会をもつ予定です。)

金井 今の例は非常にいいですね。筑波大学の渡辺三枝子先生から、いろんな研究会の場で直伝してもらったことですが、キャリア・カウンセリングのわが国への導入とその後の混乱は、この問題とかかわっています。マクロの政策を考えるのが得意なひとたちが、厚生労働省の委員会や研究会で、「1980年代の米国は、日本勢にボコボコにやられてリストラする企業が多かったのに、それほど混乱が大きくなかったのは、かの国には、キャリア・カウンセリングというのがあるかららしい」ということを、よくわからないままに語ったのが話の発端で、労働経済学、労働法、社会政策の先生などが中心となる場に、渡辺先生は何度か呼ばれたそうです。キャリア・カウンセリングがほんとうのところ何なのか、なかなかわかってもらえないもどかしがあったものの、一人ひとりのキャリアという超ミクロの問題にきちんと対処できることが、ひいては国の元気にまでかかわることが、1990年代に注目されたのでした。厚生労働省が、(数字にはちょっと自信がないですが)5年で5万人のキャリア・コンサルタントをつくるとか打ち上げると、一方で、いろんな混乱を引き起こしましたが、他方で、OB の主要トピックであるキャリアの問題にも、マクロへのインプリケーションがあることを示してくれたともいえます。
ちょっと毛肌が違う領域ですが、個人のライフヒストリーを深く追いかける臨床心理学にも、コミュニティ心理学という学派があったり、ブリーフセラピーみたいな方法は、組織変革に可能だという考えはわたしも強くもっていますし。昨今の、アプリーシャティブ・インクワイアリー(ギャップ、ずれで危機感をあおるのではなく、ポジティブ・チェンジを引き起こす手法とそれを支える理論)にも大いに注目しています。「ひとの問題・イコール・ミクロ」という見方は、もう卒業すべきでしょう。

高橋 産業・組織心理学は応用心理学の一分野ですが、心理学の本流である知能理論、パーソナリティ理論、テスト理論などが占める位置づけは大きいです。私自身は、心理測定法をきちんと啓蒙することが、学校教育場面では入学試験や客観テストが、留学場面ではTOEFLやGMAT・TOEICなど、就職活動場面ではSPIなどの適性検査と面接、昇進昇格場面ではヒューマン・アセスメントや360度多面評価、世を騒がせた成果主義との絡みではコンピテンシー評価などが、世の中全体でどう使われるかを水路づけるうえで、大切だと思っています。米国ではETC(Educational Testing Service)が、わが国では大学入試センターがその総元締めにあたりますが、個人の成績というミクロのことですが、やはり天下国家レベルでの教育やキャリア発達の政策にかかわってきます。

金井 要するに、会社の元気も、大本にはひとりひとりのひとの元気がベースにあり、引いては、天下国家レベルの元気・勢いも、その国で働くひとたちの元気のうえに成り立っているわけです。大半のひとが疲れていたり、大勢がマネジャー・レベルになって、うつになったり、過労死が増えたりするのは、個人個人にとって大きな問題であるのと同様に、国レベルでのひずみでもあります。
 さきほどもふれましたとおり、2006年の夏に、リーダーシップ開発に定評のある米国企業の訪問調査をしてまいりましたが、次期CEOまで含むサクセッション・プランと連動したリーダーシップ育成の仕組みは、ミクロでなく、会社全体の環境への適応にかかわります。さらにいうと、産業界でスケールの大きいリーダーがどのように育っているかは、天下国家レベルでの采配にもかかわってきます。しかもそこには、リーダーシップがただ放っておいても自然と育つ環境を与えるというのでなく、体系的に育成する、また育成を加速化する仕組みがある点が大事です。
 若いときに、よく経営戦略論の大家から、OBは細かいこと、小さいことをやっているなとよく冷やかされてきました。それには慣れてはいますが、同時に、 OBは戦略や環境とは関係ないのですね、というコメントを受けることがよくあります。われわれは、KIMPS開設をきっかけに、そうではない展開、つまりマクロと結びついた転換、戦略や環境適応とつながった議論と実践への展開をめざしたいと思っています。容易に想像がつきますとおり、OBとHRを比べると、HRの方にはすでにマクロ志向があります。また、つぎにトピック5として述べたいと思っておりますとおり、ひとの問題だけれども、しっかりそれを仕組み・システムに載せることができるという発想が肝要です。

高橋 これまでも少しふれたSHRM(戦略的人材マネジメント、Strategic Human Resource Management)なんかは、まちがいなくその先駆けですね。KIMPSの有力なドメイン(活動領域)のひとつがここにありそうですね。
posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:41 |
トピック5 システム・仕組みとして捉える

高橋 さて、第5のトピックは、戦略やビジネス・システムの問題と人材の問題を切り離すことなく、学問的にも実践的にもOB/HRを発展させたいということです。
MBAコースでOBを教育するときに、ともすれば、働くひとりひとりの人間として、自己のモティベーションやキャリアについて考えてもらえばいいという側面が前面に出がちです。しかし、ちょっと考えればわかるとおり、MBAの場合には(学部教育でもそうですが)、また、会社のマネジャークラスの研修では、自分だけががんばるのではなく、ひとにもがんばってもらうという側面が、経営のなかにはあります。全部をソロでやれるなら、そこには組織もマネジメントもありません。ひとにうまく動いてもらえればより大きなことができますが、最初はもどかしいものです。だから、OBは、働くひとりひとりの問題であるとともに、どうすれば他の人びとの努力をうまく方向づけ、努力を最大化できるのかという実践的課題があります。また、それを制度的に、システマティックにおこないたいと思うから、HRM(人材マネジメント論)という応用分野が、いつもOBとセットになるわけですよね。

金井 そこで、SHRMみたいな発想が出ていること、これからの人事担当の役員は、戦略発想ができて変革をリードできるCHO(Chief Human Officer)でなければならないと、一橋大学の守島基博さんとわたしたちが、主張している理由があります。ここに、ひとの問題を単に、「それは、ひとの問題でしょう」で終わらせてはならないという理由があります。
 ひとつおもしろいエピソードを紹介しましょう。神戸大学のMBA院生の皆さんが昨年、10チームぐらいに分かれて、企業のターンアラウンド(いったんだめになりかけたあと、再生、起死回生すること)の調査をケース・スタディでおこないました。そのとき、あるチームのひとたちが、「この会社がだめになったのはつまるところ、ひとりのやる気が下がったことにあり、この会社が持ち直したのもまた、やる気が回復したからだ」と述べたところ、担当の三品和広教授から大目玉をくらったそうです。「そういう結論は、むかっとくるぐらいだめだ」と。「どうしてなんでしょう?」とわたしのOBの科目でモティベーション(やる気)の問題を取り上げたときに、質問をされました。
 わたしなら、やる気の問題で企業の浮沈があるという結論でもOKと言ってくれると思ったのかもしれません。しかし、わたしもまた、これでは経営学を学んだことにならないと思いますし、経営人材を目指すひとの結論としては、がっかりだと思いました。ひとの問題が原因のひとつではあっても、経営として働きかけるためには、また、よい状態を継続させるためには、システムの問題として扱う必要があると考えるからです。
 「経営はひとの問題である」というのは、間違いではありません。GEの元会長兼CEOジャック・ウェルチも、「CEOの仕事の7割から8割は、ひとにかかわることだった」と述懐しています。しかし、同時に、「経営とは制度に体現されたものである」という視点がないと大きな視点が落ちてしまいます。そして、わたしたち「経営人材研究所KIMPS」では、なによりもひとの問題を大切にしていきますが、「ひとの問題でしょ、ピリオド」とならないようにすべきです。経営学も経営もあくまでもシステムを扱うという姿勢が大事です。

高橋 その意味では、神戸大学大学院経営学研究科が、21世紀COEプログラムのテーマとして、先端ビジネス・システムを長らく取り上げてきたのはたいへんに示唆的ですね。神戸大学大学院経営学研究科の研究拠点としての特徴は、ビジネスの仕組みとして、経営を捉えてきた点にありそうですね。

金井 わたしも、今では、「経営はひとのお問題ですよね」といって、経営戦略やビジネス・システムへの取り組みをおろそかにしているひとには、眉をひそめます。繰り返しふれたSHRMは、その流れを正すのに、いい視点を提供してくれます。
 なぜ、ビジネス・システムが大事かといえば、それがあるからこそ、他社には簡単にまねできないプラットフォームができあがり、また、それがあるおかげで、今繁栄するだけでなくて、将来に向けて新しい製品やサービスが生まれる母体となるからです。
戦略に長け、日本の産業社会を支え、さらに、グローバルにもプレゼンスと貢献の高い日本企業は、しっかりしたビジネス・システムに支えられています。例をあげるときりがないですが、身近な例でいうと、ヤマト運輸の宅急便も、トヨタの自動車も、そのサービス・製品だけでなく、それを支える仕組みがすごいのです。
そういう仕組みに支えられていることに加えて、その優れたビジネス・システムをうまく活用したり、必要に応じてシステムを改変したり、システムが環境にあわなくなったら、それをぶちこわしてでもあらたな最先端のシステムをいちはやく創出する。システムを考案するのはひとです。が、同時に、システムを創造・発展させることのできる「ひとを探し、育て、活かす」システム・仕組みをもっている点に、われわれは注目していきたいと思っています。そういうところに、グローバルCOEプログラムに向けた発展方向のひとつが見いだせるのではないかとにらんでいます。これから、議論を深めていきたいと思っているところですが。

高橋 そうですね、確かに、仕組みによって持続する競争優位性をもつ会社、たとえば、トヨタ自動車には、トヨタならではの仕組みをさらに発展させるひとを大事にする仕組みが備わっており、ヤマト運輸には、クロネコヤマトならではの仕組みをさらに発展させるひとを大事にする仕組みが備わっていますね。ヤマト運輸についてはヤマト・ホールディングの瀬戸社長に、金井さんと平野さんがおこなったインタビューに、そのへんの事情がよく描かれていると思いました(現代経営学研究所機関誌『ビジネス・インサイト』No57、pp67-85)。また、海外に目を転じれば、GEには、ジャック・ウェルチが 20年も会長をしている間に、GEのどの国のどの事業分野でも、戦略発想で変革を起こすリーダーを生み出す仕組みが備わってきたようです。これについては、金井さんと平野さんがおこなっている日本経営協会(NOMA)関西本部で開催している人事研究会で、GEリアル・エステートの平田さんが話されたなかに、よくあらわれていると思いました。
 将来は、KIMPSのウェブサイトで、公開可能な調査報告、研究会、シンポジウム、ワークショップなどがアップされたり、リンクが張れるようになることをめざしていきたいと思います。(人事研究会の講演内容は、当サイトで順次公開されます。)また、できれば、わが国で、経営人材について考えるひと、OB やHRを経営の実践に活かしたいと真剣に考えているひとのためのポータルサイトになれたらと思っています。日本語でサイトを立ち上げているので、まずは、わが国限定となりますが。

金井 わたしがここ5、6年おこなっている日本を代表する会社の経営者への「一皮むけた経験とリーダーシップ持論」のインタビューなどは、昨年MITのエドガー・シャインが来日したときに、「英語になっているならぜひ見たい」と強く望まれました。そのリクエストに応えるため、まずは、大丸の奥田会長へのインタビューを英訳しようと思っています。
このKIMPSというウェブサイトが、次第にプレゼンスを高め、エピファニーしていってくれる姿を見守りつつ、育んでいきたいですね。また、お訪ねになる皆さんの支援を活かし、また、お訪ねになる方に役立つサイトになるように。
posted by: KIMPS開設対談(金井壽宏、高橋潔) | 2007.05.07 Monday | 18:41 |