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posted by: - | 2009.08.06 Thursday | |
人事部の役割
JUGEMテーマ:ビジネス
   人事は、「ひとごと」とも読めるが、部下をもつ管理職になって以後、仕事は、部下たちを含め、他の人びととともに成し遂げていくことになるので、もはや、けっしてひとごとではない。
 人事は、ひとごと、というのは、わたしは、語呂合わせは、おもしろいけれど、バッドジョークだと思っています。
 神戸大学大学院経営学研究科では、人事、組織系の教員、また経営戦略や技術マネジメントを研究している教員でも、ひとの成長、発達、とりわけ、経営人材と開発など創造的な人材の育成に強い興味をもつ関心が多くいます。
 そこで、研究科の独自予算から、かなり大きな額をいただいて、人事部長と開発部長を対象に、人事の課題について、体系的に調査する質問票を、一橋大学の守島基博さん、神戸大学同僚の平野光俊さんを中心に実施しました。
 これから詳細な分析に入りますが、記述統計と、いくつかの分析をおこないましたので、一昨日東京で、今日、大阪で、結果のお披露目の会合を、千里ライフサイエンスセンターでおこないまいた。
 学ぶことの多い日でした。
 
 元々、実務界におれた平野さんが、非常に理論的で、ずっと大学にいたわたしのほうが、さほど理論的でもなく、また、データにも忠実でもなく話題提供させてもらってので、実務を知り尽くしたひとが、理論家になるというのは、ほんとうに貴重なことだと関心しました。

 なお、この日のお披露目の会で、参加された皆さんにお渡しした報告書は、つぎのウェブサイトからダウンロード可能ですので、どんな調査をしたのか、興味おありの方は、ぜひそこをお訪ねください。

http://www.b.kobe-u.ac.jp/paper/2009_26.html

 このウェブアドレスから、

「創造性喚起のための人材マネジメント調査」および「開発部門の創造性を支援する人材マネジメント調査」の結果報告
 というペーパーをご覧ください。

posted by: 金井壽宏 | 2009.07.08 Wednesday | 23:51 |
北村三郎さんと3志士、学部金井ゼミ来訪
JUGEMテーマ:ビジネス
   組織文化で博士論文を、神戸大学で書いておられた出口将人さんが、いすゞを訪ねることになった。もう10数年前だろうか。組織文化の研究において、ふつうは目に見えない組織文化が少しは可視的になることがあるとすれば、々臺擦あったとき、⊃型佑房夘や組織のDNAを導入研修で教えるとき、A反イ大きく変わるとき、に注目するのがいいだろうとうことになった。,任蓮銀行の合併、△任蓮▲魁璽廚海Δ戞↓では、いすゞを、調査協力企業とすることになった。

 いすゞへのコンタクトは、ほぼ同時期に、いすゞの人材開発の会社の責任者になられた北村三郎さんに、神戸大学の加護野先生とわたしが、それぞれに別の機会に出会った。たいへんに律儀なことに、分厚い封書が大学に届き、あらゆるコンタクトを大切にしておられることがわかって、感銘したものだった。

 それから、いすゞさんが大きく組織変革するプロセスで、どのようなことがあったのかフィールドリサーチをすることになった。

 出口さんのフィールドリサーチにわたしが同行することもあり、いすゞの専務の稲生さん(後に社長)とゆっくり話す機会や、いすゞの組織変革に、北村さんが招き入れた、かの(長らくスコラの社長をしておられた)柴田さんも、いすゞの組織変革に、オフサイト・ミーティングなど積極的に活用して参加しておられた。

 わたしも、それ以後、何度となく、北村さんと接点があり、ありがたいことだと思っていた。たとえば、『CREO』という雑誌で、人生の師と仰ぐ高砂さんというその雑誌の編集者といっしょに、対談をさせていただいたり、北村さんの会社ができたときのお披露目に、柴田さん、今ではミスミの社長の、三枝さんとごいっしょさせていただいたり、いつも、いつお会いしても、学ぶことが多く、心が和み、元気が増え、気持ちが素直になる、そういうことを実現してくださる方だと、深く感じたものだった。

 しばらく、ブランクがあったのだが、70歳というのは、野球でいえばちょうど7回、ラッキーセブンとおっしゃって、久々に、神戸大学にお見えくださった。
 
 そのときに、五感塾という運動をおこなっていて、中堅、組合、若手まで、その輪が広がったが、まだ、学生さんとは、そういう接触がないので、一度、金井ゼミで特別セッションをとおっしゃっていただいた。

 それが実現したのが、基調な日、2009年6月23日だった。わたしにも、金井ゼミの学生さんたちにも、強烈な印象と教訓を残した。

 北村さんが、70歳、金井が55歳、学生さんたちが、20歳ちょっと、だから、真ん中の世代も巻き込もうということで、北村さんが、30代のすばらしい方々、3名にお声かけをいただき、ダイナマイトのような、神戸大学、学生版、五感塾が実現した。

 われわれ神戸大学金井ゼミには、印象的なことに、その前日の6月22日は、建築家の安藤忠雄先生の講演会が神戸大学で、開かれ、講演会後、金井ゼミの学生と、安藤先生と若手の建築家おふたりがごいっしょしてくださった。その日と連続で、花火に続き、ダイナマイトが六甲台に炸裂したのでした。

 北村さんがお連れになった3名の方々が、どのようなすばらしい方々かは、秘密ではない。また、学生が、この五感塾から気付き学んだことも、秘密ではない。

 それが、北村さんが、さっそくに参加者の生の声も散りばめる形で、ご自分のウェブに、この日の記録を満載してくださったからだ。

 興味をお持ちの方は、ぜひ、つぎをお訪ねください。

http://www2.shizuokanet.ne.jp/usr/sabu/new/090701.html

 登場人物にピンク色がついているところで、30代ゲストのプロフィール。また、感想文とピンク色で書かれているところをクリックすると参加者の感想文がご覧いただける。

 ぜひ、お訪ねを。


posted by: 金井壽宏 | 2009.07.06 Monday | 22:10 |
細川さんのメガリージョンの書評
JUGEMテーマ:ビジネス

『エコノミスト』  誌につぎの書評を載せてもらいました。もうだいぶ前です。

細川昌彦著『メガ・リージョン――人材・企業の争奪戦にどう勝利するか』東洋経済新報社。(評者 金井壽宏)


 境界を越えることにより、新たなつながりを見出し、そのつながりのなかから、自分の独自性に気付き、より大きなシステムに貢献できる姿に育て上げる。こんな大事な発想を企業の発展だけに使うのはもったいない。地域や国の発展にも今、人やモノをつなげる力が求められている。それだけに境界と境界を結ぶ存在、いわば“結界人”が求められる時代になっている。

 著者は、通産省の官僚だった25年前に「東京国際映画祭」を仕掛けた人物である。その後、名古屋経済圏を統一ブランドとして海外に売り出す「グレーター・ナゴヤ・イニシャティブ」を提唱、さらにニューヨークで「日本食文化フェスティバル」を手掛けるなど、世界に向けて日本を発信してきた。本書は著者が結界人となることで生まれたと言っていいだろう。

 表題の「メガ・リージョン」とは、「大都市を中核とした1つの経済圏」のことで、カリフォルニアのシリコンバレーをはじめ、世界には40のメガ・リージョンがあるという。著者は、今後は国ではなく、こうした地域間の大競争時代になると予測し、海外の動向と日本の4大メガ・リージョン──東京、名古屋、京阪神、北部九州圏の可能性を探る。

 行政、地域、ビジネスの3つを有機的に結びつけ、広域経済圏を作るという発想は、集積の経済やソーシャル・ネットワーク論などに詳しい人には、おなじみの概念かもしれない。しかし評者は、著者が特定の視点にこだわるより、実践に役立つかという観点から、「虫の目、鳥の目、魚の目」(あとがき)を駆使しつつ、複眼的思考をしていること、そして思考するだけでなく、実践していることを重んじたい。

 それだけに本書の主張は説得的である。たとえば、日本の自動車産業の中心地、名古屋については、「『内なる国際化』が遅れている」と指摘。将来は「アジアの技能人材を育成する拠点」を目指し、ポスト自動車の布石としては航空機産業とロボット産業に着目せよと述べる。九州についても、工業地域として伸び悩む北部の課題を明らかにする一方、南部が一丸となって安全な食品を売り出す「食アイランド・九州」を提案。企業や人材の獲得法にも章を割き、「大学学長のプロ野球監督化」や外国人に優しい地域づくりなど、有益な提言をしている。

 地域に根ざしながら、ワールドクラスの活動を目指す実践家、またそれを支える調査を担う研究者に必携の書である。



★実際に掲載されたのとは、違うつぎのバージョンもあります。


 境界を越えることにより、新たなつながりを見出し、そのつながりのなかから、自分の独自性に気付き、より大きなシステムに貢献できる姿に育て上げる。こんな大事な発想を企業の発展だけに使うのはもったいない。地域や国の発展にも今、人やモノをつなげる力が求められている。それだけに境界と境界を結ぶ存在、いわば“結界人”が求められる時代になっている。

 著者は、通産省の官僚だった25年前に「東京国際映画祭」を仕掛けた人物である。その後、名古屋経済圏を統一ブランドとして海外に売り出す「グレーター・ナゴヤ・イニシャティブ」を提唱、さらにニューヨークで「日本食文化フェスティバル」を手掛けるなど、世界に向けて日本を発信してきた。本書は著者が結界人となることで生まれたと言っていいだろう。

 表題の「メガ・リージョン」とは、「大都市を中核とした1つの経済圏」のことで、カリフォルニアのシリコンバレーをはじめ、世界には40のメガ・リージョンがあるという。著者は、今後は国ではなく、こうした地域間の大競争時代になると予測し、海外の動向と日本の4大メガ・リージョン──東京、名古屋、京阪神、北部九州圏の可能性を探る。

 行政、地域、ビジネスの3つを有機的に結びつけ、広域経済圏を作るという発想は、集積の経済やソーシャル・ネットワーク論などに詳しい人には、おなじみの概念かもしれない。しかし評者は、著者が特定の視点にこだわるより、実践に役立つかという観点から、「虫の目、鳥の目、魚の目」(あとがき)を駆使しつつ、複眼的思考をしていること、そして思考するだけでなく、実践していることを重んじたい。

 それだけに本書の主張は説得的である。たとえば、日本の自動車産業の中心地、名古屋については、「『内なる国際化』が遅れている」と指摘。将来は「アジアの技能人材を育成する拠点」を目指し、ポスト自動車の布石としては航空機産業とロボット産業に着目せよと述べる。九州についても、工業地域として伸び悩む北部の課題を明らかにする一方、南部が一丸となって安全な食品を売り出す「食アイランド・九州」を提案。企業や人材の獲得法にも章を割き、「大学学長のプロ野球監督化」や外国人に優しい地域づくりなど、有益な提言をしている。

 地域に根ざしながら、ワールドクラスの活動を目指す実践家、またそれを支える調査を担う研究者に必携の書である。

posted by: 金井壽宏 | 2009.07.03 Friday | 18:34 |
安藤先生の書籍の書評
JUGEMテーマ:ビジネス
 

『エコノミスト』誌 書評記事より 安藤忠雄著『建築家 安藤忠雄』新潮社。(評者 金井壽宏)

 

 世界を旅した後、独学で建築を学び、人生やキャリアそのものが旅だとも述べてきた建築家、安藤忠雄の自伝である。これまでの著作でも、建物の背後にある想いを語るときには、自伝的語りを伴っていたが、本書も世に生み出してきた作品との関連で自分を語り、そのときどきの感情、思考などを吐露。読む人に鮮烈な生命力と熱い闘争心、そして人と人とのつながりや共同体の大切さを教えてくれる。

 安藤は建物に住む人がいて、住む人は共同体のなかに生きていて、それゆえ建築とは社会的な生産行為だと看破。形だけの引用、模倣を排し、伝統とは形そのものではなく形を担う精神であると言う。安藤は建築を成り立たせる社会の仕組みまで踏まえつつ、創造性を磨いてきたのである。

 初期の「住吉の長屋」から、最近の東京での「海の森」まで、全作品が闘いであり、運動の結果であった。社会のなかの運動なので、新規のアイデアは衝突を起こす。それだけに、実際には「建たなかった」プロジェクトがとても大切にされる。

 かつて、創造の原動力についてお伺いしたときに「怒り」だと言われたので、「怒りを原動力にしていい仕事をされる人はまれだとも思うのですが?」と恐る恐るお聞きしたところ、「怒りは怒りでも、こんな空間の使われ方は承知しないぞという社会性を帯びた怒りなんだ」と言われたのを、この本を読みながら思い出した。建たなかったプロジェクトが続いても、その連戦連敗そのものが闘いであり、運動であることが、本書から伝わってくる。

 評者の勤務する神戸大学で昨年講演をお願いしたときには、本書の第1章で披露される組織づくりについて語ってくださったが、「リーダーシップは暴力です」と吐露された。ジョークではなく、この表現で闘うことを忘れた日本のリーダーに警鐘を鳴らされたのだと思う。

 また、創造的行為は孤独であると勘違いし、人とつながる力を活用しないで創造性を発揮できない人がいる。ぜひ、本書を通じて、創造性がいかに、共同体、子供、クライアント、行政などとの関係性のなかで発揮されるかを感知したいものだ。

 闘わないことから生まれる脆弱な関係性より、賛否両論があっても闘い続け、建物が実際に建っても企画だけに終わっても、前進し続ける。良質な怒りや闘争心があるべきなのに、それを忘れがちな評者には、本書は劇薬のように効く。座右の書にすべき、破格の自伝だ。

posted by: 金井壽宏 | 2009.07.03 Friday | 18:30 |
安藤忠雄先生 神戸大学に来たる すごいパワー
JUGEMテーマ:ビジネス
   7月22日に、建築家の安藤忠雄先生が、神戸大学で学生さん向けに講演をされて、すばらしい夕刻を過ごすことができました。
 建築の話ももちろん最高なのですが、この日は、関西の元気、日本の元気、ひいてはわたしたちがいkている時代のこの世界と将来の元気のために、明日の活力の鍵を握る、学生さんたちにエールを送り、かつを入れるために、お越しくださった。1時間10分はご講演、35分は金井と対談、残りの15分は、学生さんとの質疑であった。
 日本への心配、教育のあり方への問題提起、学生さんへのはっぱかけ、随所で、「ほとんど絶望的です」と言葉を繰り返されながら、学生に、このままではいかんというエナジャイズ(元気づけ)をやっていたただいた。
 こちからお願いしたのではなく、ご懇意にさせていただき、また、そのミリタントな姿勢にいつも感激する安藤先生から、直々に金井宛に連絡があり、ほかの大学も訪ねるつもりだけど、神戸大学でも若いひととの対話をしたいということでした。

 質疑のときには、3名の学生さんから、23歳からの世界旅行のときに最も感動した場所はどこかとか、建築家になりたいと思うことと絶対なる決心することの間を埋めるものはなにか、など深く考えさせられる質問に、安藤先生らしく軽妙に答えられた。

 430席の会場に、演壇の周囲と、通路と、入り口付近にも学生さんに入ってもらったので、たぶん550名ぐらいがこられました。すばらしい機会でした。

 そして、大教室だけだと、しっかり対話は難しいので、金井ゼミの学部3年4年のゼミ生と一部金井ゼミ院生には、場所を移して、(昼間は教員食堂)となっているところで、40分ほど、談笑させていただいた。

 知的パワーと想像力のダイナマイトが炸裂したような日でした。

 安藤先生の最新著を、『エコノミスト』誌に書評させていただいたので、それも、ブログにあげさせてもらいます。

 いつもお世話になっている同誌の編集者には、週刊紙なので、掲載後2週間以後経っていれば、ブログにあげてもいいと承諾をえております。念のため。

 あわせて、中学高校からの友人で、経産省、JETRO、中部経産局、大学教員を経て、名古屋市長選でも善戦した、細川さんの著書の書評などもアップします。

 興味あるひとは、安藤さんの書評だけでなく、そちらもご覧ください。
posted by: 金井壽宏 | 2009.07.03 Friday | 18:11 |
リーダーシップ・クイズ開発に乗り出す高橋潔さんにエール
  高橋 潔さんが、英国エディンバラでの1年、古巣のミネソタ大学のある米国ミネアポリス(かの3Mの本社もある都市)のPDI社−−産業組織心理学の重鎮であったマービン・ダネットたちがつくったリサーチ機能も非常に高い会社)−−で半年過ごして、3月に帰国された。

 たくさんの土産話があり、また、このコーナーで書いてもらうとうれしいと思っているのだが、いちばん、わたしがうれしいと思ったのは、人事評価にまつわる20章近い大著を執筆されたことだ。仕上げを経て、今年の間には出る。評価のような大事なテーマで、定評ある論文がなかったので、これは、待望の書になることだろう。
 
 帰国後、3ヶ月強になるが、帰国後のことで、いちばん興味あるのは、高橋さんが、米国の若手の研究者である村瀬俊朗さん(University of Central Floridaの博士候補)と共同で、金井も関与する形で、リーダーシップの新たな診断ツールを開発する決心をし、すでに着手していることだ。

 このツールは、通常のリーダーシップ行動記述尺度よりはるかに興味深いものになりそうだと、わたしは即座に狂喜した。それは、ひとつには、一方で、脳科学に、他方ではラグビーの平尾誠二さんのリーダーシップ持論に根付いていて、他方で、リーダーのとっている行動を記述するのではなく、リーダーとなる(かもしれない)ひとが、どの程度、リーダーシップのことがわかっているかどうかを診断するツールとなるからだ。

 前者のポイントについて。平尾さんは、かねがね、チームリーダーとゲームリーダーとイメージ・リーダーが大事だと言ってこられたら、高橋さんのモデルでは、これにドリル・リーダーが加わっている。この4つは、課題関連と人間関連のリーダーシップの基本軸と、将来志向と現在志向の軸から生まれる四つのセルに対応する。この対応関係が同時に、最新の脳科学の知見ともつながっているのではないかというのが、高橋さんの工夫のひとつだ。

 後者のポイントについては、われわれがこれまでの研究でなじんだ尺度は、ミシガン大学でもオハイオ州立大学でも、さらに、わが国のPM理論でも、通常は、部下評定で、リーダーが実際にとっていると(部下が知覚している)行動を測定してきた。本人に評定してもらうことがあっても、360度フィードバックを通じて、いかに、上司評定、同僚評定、部下評定とずれているかを見るために使われた。実際に、そのリーダーに喜んでついてくるかどうかを問うべき相手は、フォロワーなので、部下評定を、用いて、リーダー行動を測定した。それに対して、この開発予定の高橋さんと村瀬さんの尺度は、リーダー(になるひと)本人が、どの程度、リーダーシップについてきちんとわかっているかを探る。それは、いわば、正解のあるクイズである。リーダーシップについて、予定としては、最終的には40問ぐらいで、次元ごとの10項目で4次元なので40項目の尺度をつくるつもりだが、それは、すべて、正解のある問となる。

 正解があるので、ひとりひとりの回答者は、自分がどの程度、リーダーシップについてわかているかが、4次元について、フィードバックされることになる。もちろん、わかっているからといって行動できると限らない(knowing-doing gapがあるため)けれども、わかっているひとのほうが、正しい行動がとりやすいだろう(行動への一貫性があるとしたらだが)という観点から、正解のあるクイズから、ひとりひとりのリーダーシップの考え方の正しさ、ひいては、もし行動がその考えと一貫していたら、そのひとがどの軸の行動をよりうまくとれいていることをフィードバックできるようになる。

 こうやって、呼び水の文をまず、はじめて、久々に日本に戻ってきて3ヶ月となる高橋さんのお声を、また、このウェブ上のブログで見ていただけたらと願っている。

 このKIMPSを立ち上げたときのパワーだった高橋さんがおられない間、書き込みが少なかったことので、高橋さんの帰朝を機に、また、このリーダーシップ・クイズ開発を契機に、わたしも、高橋さんも、さらにまた、日本にいる間にも、村瀬さんにも、ここへの発信が増えるようにしたい。
posted by: 金井壽宏 | 2009.07.03 Friday | 17:33 |
ストーリーテリングが経営を変える―組織変革の新しい鍵
 客観的に距離を置いて、遠くから観察するように、企業、病院、学校などの組織を研究するのがいいか、そこに関与するひとたちの、いろんな生の声での物語で、生きられるままの組織の記述をするのがいいのか。後者に期待する動きが多数、見られ非常に興味深い。
 なんとっても、元世銀のS.デニングの貢献が実践的な契機になっているが、ここに、元ゼロックスのパロアルト研究所のJ.S.ブラウンが合流して、とても力強い動きが姿を現している。
 ジョン・S.ブラウン=ステファン・デニング=カタリナ・グロー=ローレンス・プルサック著『ストーリーテリングが経営を変える――組織変革の新しい鍵』(高橋正泰・高井俊次監訳、同分館出版、2007年)


 1980年代に組織文化や組織学習の研究が誕生し隆盛したときに、組織のなかで、語り継がれる物語、その組織のDNAに近いようなものの共有、そのための語り部としてのリーダーという役割が話題になった。その後、単なるブームとしてではなくて、この問題を考え続けてきたひと、経営の実践、とりわけ知識創造、組織変革、対話の促進のために、ストーリーテリングを重視してきた一連の研究者がいる。本書は、この分野に興味をもちつつ、格好の入門書に出会わず困っているひとには、吉報となる出版物だ。信頼のできる読みやすい訳書が出たことを喜びたい。
 著者4名の専門分野は違う。だが、ストーリやナラティブ、その語り部の役割の深い興味を抱く点で共通している。PARCの略称で知られるゼロックス・パロアルト・リサーチ・センターの元所長として名高く常に学問の境界を取り払ってきたジョン・シーリー・ブラウン(第3章「組織における知のメディアとしての語り」)。保守的な世界銀行をナリッジ・バンクに変身させる組織変革に携わることになったステファン・デニング(第4章「語りは組織変革のツールである」)。物語アプローチで教育用ビデオを世界中に供給し対話を起こしてきたカタリナ・グロー(第5章「教育用ビデオ制作におけるストーリテリング」)。そして、ナレッジ・マネジメントの分野でよく知られ邦訳も二冊でている元IBM 経営幹部のローレンス・プルサック(第2章「ストーリテリング・イン・オーガニゼーション」)。すごい顔ぶれで、分野の多様性はいい目に出ている。専門は違うがストーリテリングへの関心を共有するひとたちが、このように専門の蛸壺を出て、交流していること自体が興味深い。
 本書の中核部分は、ワシントンDCにあるスミソニアン国立アメリカ歴史博物館でおこなれたシンポジウムにおけるこの4名の登壇者の講演の記録(第2章〜第5章)だが、それに加えて、第1章では、著者ひとりひとりがどのようにして「組織における物語り」に出会ったのかが、導入部として追加され、第6章では、著者たちを代表して、デニングがシンポジウムの意味を振り返り、それを学問的また実践的に位置づけ、論点をうまく要約し、関連する学説を紹介し、実践的なツール、リーダーシップに不可欠のものとしてのストーリテリングについて展望している。
 社史や会社案内など公式の文書よりも、その会社の内部者や関係するひとの語るオラル・ヒストリーのほうが信頼できる(第2章)。わたしも、経営学者として大勢の経営者にインタビューしてきたが、無理してなにかを聞きだそうとするよりも、自然な語りが開陳されたときに、その経営者やその会社のアイデンティティがより鮮明になってくるものだと実感している。思えばキャリアの調査は、それ自体が職場を通じてひとが人生を学ぶ語りにほかならないとさえ思える。仕事の世界の人類学的研究(仕事や組織のエスノグラフィー)というのにはじめて本書でふれるひともいることだろうが(第3章)、ゼロックスでのコピー機の修理法がマニュアルではなく、同僚と話し合いながら、物語を紡ぐように解決が図られる(ジュリアン・オールの有名な研究)。組織におけるプロセスとは、ひとを鋳型にはめる手続き・手順・マニュアルといった強制力ではなく、物語を通じて潜在力・可能性・即興の余地を指すことを、ブラウンは強調している。組織変革に物語りを活用したいと思う読者には、1996年から2000年までに世界銀行で起こったことがすばらしい実践的ケースを提供するだろう(第4章)。評者自身も、ここ数年、経営者の貴重な語りをお聞きする機会があるたびに、映像を残すように心がけているが、グロー・プロダクションという映画製作会社による映像教材の作成は、ヒントに充ちている(第5章)。ネルソン・マンデラのようなすごいひとの語りも、それをただ見るだけでなく、見るひとが語るひとりひとりの物語を誘発する機会提供に役立っている。それがうまく語り継がれるときには、いい物語は、周りの人びとにも物語を生成させる器となる。本書を読みながら、著者たちが使っている言葉ではないが、物語を生成する物語(story-generating story)という言葉を思いついた。
 物語が生まれるほどの組織になったら本物だし、長く続く組織が大きく変わるときにも新たな物語ができる。語り部の役割を果たすリーダーや変革エージェントが物語りを紡ぐ。そんなことに興味をもつ経営者、管理職に本書を薦めたい。併せて、会社を見る目を養いたい新人や組織開発の専門家にも手にとってほしい。それがうまく語り継がれるときには、いい物語は、周りの人びとにも物語を生成させる器となる。本書を読みながら、著者たちが使っている言葉ではないが、物語を生成する物語(story-generating story)という言葉を思いついた。
 DNAを誇る伝統ある企業、古い地場産業、怪人が住むほどの劇場、由緒ある病院、名門校といわれる学校には、物語がある。
posted by: 金井壽宏 | 2008.03.17 Monday | 11:19 |
ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史
 日経新聞に書評をさせていただいたときのロング・バージョンです。わたしは、伊丹敬之先生や高橋俊介先生のようなワイン通ではないので、ご遠慮しようとも思ったのですが、興味ある本なので引き受けました。窓口だった日経の担当のご承諾をえて、ロング版で掲載させていただいています。

ヨアヒム・クルツ著(瀬野文教訳)『ロスチャイルド家と最高のワイン――名門金融一族の権力、富、歴史』日本経済新聞社、2007年。


 金融王国を築いたロスチャイルドという富裕なファミリーの名前を聞いたことがあっても、その詳しい歴史にふれたひとは稀ではないだろうか。また、ワイン通でなければ、(セカンド・ラベルの)ムートン・カデを気楽に飲みつつうかつにも、ボルドー屈指のシャトーのふたつが、ロスチャイルド家が守り育てたものだと気づかないだろう。金融の世界が、ファミリーの第1の人生なら、ワインは、第2の人生だと著者はいう。しかし、後者の文献はこれまでなかったと。
 本書の特徴は、一方で18世紀後半に頭角を現したロスチャイルド家の歴史を、あたかもトーマス・マンの『ブッテンブローク家の人びと』を読むかのごとく、うまく解き明かしてくれると同時に、いかなる経緯で、ワインに燃える末裔が出てきたのか、物語ってくれる点にある。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、史実だが読ませてくれる。
 初代のマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドには5人の娘と5人に息子があり、1810年には、5人の息子をパートナーとして、ロスチャイルド父子商会を設立した。そのときに、兄弟の誰ひとりとして自分勝手に単独で投資してはならない、利益は持分に応じて分配することを誓約させたことはよく知られている。一致団結がその戒めであった。婚姻も一族の間の同族結婚、従兄弟同士の結婚が多い。家紋には、concordia(協調)という家訓が刻まれていた。パートナーとしての詳細な申し合わせだけでなく、安定した信頼関係が必要だった。なにしろ、二代目にはもう国別に散らばったから結束はいっそう重要なテーマだったはずだ(英国ロンドン分家の三男ネイサン――さらに第3世代のネイサンの三男ナサニエルはボルドーの葡萄園シャトー・ムートンを入手、フランクフルト分家の長男アムシェル、ウィーン分家の次男サロモン、ナポリ居住の四男カルマン、そして、パリ分家のジェームズ――後に、甥に先を越されたがボルドーのシャトー・ラフィアットを入手)。 
 交友の範囲も中途半端ではない。ネイサンの息子はなんと晩年のゲーテにあっているし、一族の宴には、フンボルトやメッテルニヒまで賓客となった。ロスチャイルド家では、リスト、パガニーニが最新作を演奏し、一族の第2世代の女性たちは、ロッシーニやショパンから直接レッスンを受けた。レンブラント、ルーベンス、フェルメールをはじめとする芸術コレクション。
 栄光の面に目をむけると確かに実に輝かしい。しかし、いいこと尽くめではない、偏見と中傷だけでなく、社会変化、革命、戦争などの波乱がこの一族を待ち受ける。世代を下るにつれ、波乱のなかからも、ブッデンブローク家と同様に、政治、慈善活動、芸術、学術など、多方面で才能ある人物を輩出してきた。商売よりも文化に深く染まった分、ややひ弱になったかもしれない。第5世代になると、莫大な富を継承しつつも、先祖ほどのパワーはなく、喪失感をもち、一族の結束や勤勉という徳目も重みを失った。
 ユダヤ人の誇りと苦しみ(一方で貴族の財産管理を助けつつ、他方で、公園やカフェなど市民たちの集う場にさえ出入りが禁じられていた)。家族の間の絆の強さ(パートナーシップ)、そのすばらしさと窮屈さ。世代間の継承にみる連携とコンフリクト(絆は深いが、一人一人の個性と競争心もある)。巨万の富をもつことの矜恃と常につきまとう喪失の不安。ナチスの時代の苦境とそれを跳ね返す力(ビシー政権のフランスにいたロスチャイルド家のストーリは、映画『カサブランカ』を彷彿とさせる世界)。カネは経営資源のなかでいちばんボーダーレスだが、家族の絆でヨーロッパ各国それからアメリカに地歩を築く過程で、文字通り世界に君臨する。
初代から二代目、三代目と下るにつれて、金融という商売だけでなく、文化や社交サロン、そしてワインに傾倒していく姿(これは、トーマス・マンの作品につながる世界)。元々、王侯貴族の財産管理をする御用商人、宮中代理人として、アムシェルドが始めたビジネスなので、王室、貴族との社交は最初から予期されていた。産業資本(たとえば、初期の鉄道)に投資する以前は、国家レベルが顧客であったといってもよい。それだけに、革命やナチスなど運命に翻弄されもする。
 そんなこのファミリーを形容する言葉を探すなら、「栄光と危機」がふさわしい。本書が読むひとに元気を与えるとしたら、けっしてへこたれないで戦う姿勢だろう。そして、それを支えた一族の結束。
 さて、経営資源をボーダーフルな順にならべると、ヒト、モノ、情報、カネとなる(たとえば、経営学者の伊丹敬之氏のかねてよりの指摘)。ヒトは、文化の違う世界に動くには、障壁がある(だから、海外勤務手当は、その障壁を越えてもらう苦労へのプレミアムといえる)。モノは、国際的に通用する商品でも、各国のテイストにあわせることが必要になることがある(商品名やパッケージングや、食品なら文字通りのテイスト=嗜好)。情報は、英語が国際語になり、電訳ソフトがでてくれば、また、インターネットなど情報技術の発達により、かなりボーダーレス(国境を意識しない状態)になった。経営資源のなかでは、カネがいちばん、機動的に動く。しかも、それを今ではITが支えている。しかし、カネと情報はボーダーレスであるからこそ、絆がないとふつうは空中分解する。はるかIT以前では、もちろん、第2世代の5名の兄弟がおこなったことだが、一族が集い、5人ともあえて違う国をベースにしたので、手紙を書く文化を重視した。この世代の兄弟間の文通は、歴史的資料だろう。
 さきにもふれたおとり、ロスチャイルド家がすごい点は、経済の世界だけでなく、政治、文化、国際、そしてワインにまで及ぶ点だ。
 本書でいちばん興味深いのは、いちばんボーダーフルと思われるはずのヒトが早くも第2世代(つまり、初代アムシェルの5人の男子たち)の間で、さっそく国境を越えた点だ。また、ヒトのつぎにボーダーフルなモノだが、ワインは、同じビンテージが世界中のグルメ、愛飲家、それも富裕な愛飲家に渡るという意味でボーダーレスでもある点だ。そして、本書で語られるようなビンテージとなると、ロバート・モンダヴィが述べたように、ワインもまた、ビジネスを越えて芸術の域にまで達する。ワインには、テロワール(土壌)が大切だといわれるが、運命に翻弄されながらも長く反映する企業にテロワールにあたるものがある。
 ロスチャイルド家の絆は、差別があり祖国がないユダヤ人だから、という点があるにしても、ヨーロッパにさっそく息子の代にして君臨したという点は特筆に値するだろう。最近の社会的ネットワーク分析や社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の研究では、ゆるやかな弱い紐帯こそ、広いつながり、思わぬ情報や資源の動員につながることが注目されてきた。ロスチャイルド家は、これを家族という最も濃い強い紐帯に基づいておこなったことが印象深い。もちろん、初期の大口顧客は産業ではなく、国であり、貴族たち支配層なので、城をつくり、贅を尽くした社交の場が、ゆるやかで広範なつながりを生み出す重要な手段であったことが読み取れる。もちろんその場には、シャトーをこの家族がもつことになる以前から、一流趣味のロスチャイルド家のパーティらしい高級ビンテージワインがテーブルに並んでいたことだろう。
 シャトー・ムートン、シャトー・ラフィットというボルドー有数の最高のワイン生み出すシャトーを、この家族のメンバーが求めるようになったことは、本書に彩りを添える(これを扱った第2部をワイン通の読者なら、ふつうの読者の2倍も3倍も楽しめるだろう)。ここにも、ユダヤ人として苦労が読み取れる。最後に蛇足ながら、書籍のなかの写真がどれもすばらしい。
posted by: 金井壽宏 | 2008.03.17 Monday | 11:06 |
ストーリーテリングが経営を変える―組織変革の新しい鍵
JUGEMテーマ:ビジネス


ジョン・S.ブラウン=ステファン・デニング=カタリナ・グロー=ローレンス・プルサック著『ストーリーテリングが経営を変える――組織変革の新しい鍵』(高橋正泰・高井俊次監訳、同分館出版、2007年)


 1980年代に組織文化や組織学習の研究が誕生し隆盛したときに、組織のなかで、語り継がれる物語、その組織のDNAに近いようなものの共有、そのための語り部としてのリーダーという役割が話題になった。その後、単なるブームとしてではなくて、この問題を考え続けてきたひと、経営の実践、とりわけ知識創造、組織変革、対話の促進のために、ストーリーテリングを重視してきた一連の研究者がいる。本書は、この分野に興味をもちつつ、格好の入門書に出会わず困っているひとには、吉報となる出版物だ。信頼のできる読みやすい訳書が出たことを喜びたい。

 著者4名の専門分野は違う。だが、ストーリやナラティブ、その語り部の役割の深い興味を抱く点で共通している。PARCの略称で知られるゼロックス・パロアルト・リサーチ・センターの元所長として名高く常に学問の境界を取り払ってきたジョン・シーリー・ブラウン(第3章「組織における知のメディアとしての語り」)。保守的な世界銀行をナリッジ・バンクに変身させる組織変革に携わることになったステファン・デニング(第4章「語りは組織変革のツールである」)。物語アプローチで教育用ビデオを世界中に供給し対話を起こしてきたカタリナ・グロー(第5章「教育用ビデオ制作におけるストーリテリング」)。そして、ナレッジ・マネジメントの分野でよく知られ邦訳も二冊でている元IBM 経営幹部のローレンス・プルサック(第2章「ストーリテリング・イン・オーガニゼーション」)。すごい顔ぶれで、分野の多様性はいい目に出ている。専門は違うがストーリテリングへの関心を共有するひとたちが、このように専門の蛸壺を出て、交流していること自体が興味深い。

 本書の中核部分は、ワシントンDCにあるスミソニアン国立アメリカ歴史博物館でおこなれたシンポジウムにおけるこの4名の登壇者の講演の記録(第2章〜第5章)だが、それに加えて、第1章では、著者ひとりひとりがどのようにして「組織における物語り」に出会ったのかが、導入部として追加され、第6章では、著者たちを代表して、デニングがシンポジウムの意味を振り返り、それを学問的また実践的に位置づけ、論点をうまく要約し、関連する学説を紹介し、実践的なツール、リーダーシップに不可欠のものとしてのストーリテリングについて展望している。

 社史や会社案内など公式の文書よりも、その会社の内部者や関係するひとの語るオラル・ヒストリーのほうが信頼できる(第2章)。わたしも、経営学者として大勢の経営者にインタビューしてきたが、無理してなにかを聞きだそうとするよりも、自然な語りが開陳されたときに、その経営者やその会社のアイデンティティがより鮮明になってくるものだと実感している。思えばキャリアの調査は、それ自体が職場を通じてひとが人生を学ぶ語りにほかならないとさえ思える。仕事の世界の人類学的研究(仕事や組織のエスノグラフィー)というのにはじめて本書でふれるひともいることだろうが(第3章)、ゼロックスでのコピー機の修理法がマニュアルではなく、同僚と話し合いながら、物語を紡ぐように解決が図られる(ジュリアン・オールの有名な研究)。組織におけるプロセスとは、ひとを鋳型にはめる手続き・手順・マニュアルといった強制力ではなく、物語を通じて潜在力・可能性・即興の余地を指すことを、ブラウンは強調している。組織変革に物語りを活用したいと思う読者には、1996年から2000年までに世界銀行で起こったことがすばらしい実践的ケースを提供するだろう(第4章)。評者自身も、ここ数年、経営者の貴重な語りをお聞きする機会があるたびに、映像を残すように心がけているが、グロー・プロダクションという映画製作会社による映像教材の作成は、ヒントに充ちている(第5章)。ネルソン・マンデラのようなすごいひとの語りも、それをただ見るだけでなく、見るひとが語るひとりひとりの物語を誘発する機会提供に役立っている。それがうまく語り継がれるときには、いい物語は、周りの人びとにも物語を生成させる器となる。本書を読みながら、著者たちが使っている言葉ではないが、物語を生成する物語(story-generating story)という言葉を思いついた。

 物語が生まれるほどの組織になったら本物だし、長く続く組織が大きく変わるときにも新たな物語ができる。語り部の役割を果たすリーダーや変革エージェントが物語りを紡ぐ。そんなことに興味をもつ経営者、管理職に本書を薦めたい。併せて、会社を見る目を養いたい新人や組織開発の専門家にも手にとってほしい。それがうまく語り継がれるときには、いい物語は、周りの人びとにも物語を生成させる器となる。本書を読みながら、著者たちが使っている言葉ではないが、物語を生成する物語(story-generating story)という言葉を思いついた。

 DNAを誇る伝統ある企業、古い地場産業、怪人が住むほどの劇場、由緒ある病院、名門校といわれる学校には、物語がある。
posted by: 金井壽宏 | 2008.01.08 Tuesday | 13:54 |
河合隼雄先生のご逝去に合掌
先週、出張中に、河合隼雄先生が、おなくなりなったことを知りました。臨床心理学で大学院までいったわけではないのですが、京都大学の学生のときに、1年から3年まで3回連続、河合先生の臨床心理学概論を受けて、わたしがこれまで習ったなかで、最も影響を受けた科目が、これでした。毎年、同じ部分にも、年度によって違う部分にも、ともに感動しました。元々、先生に直接学ぶために、大学や学部を選びましたので、毎週の講義がほんとうに楽しみでした。深さも面白さも、とてつもないものでした。3年上に、今、東大にいる倉光 修さんが先輩でいて、また、博士後期課程には、神戸外大に今おられる村本詔司さんがおられ、先生の講義から受けた刺激が、先輩や仲間のおかげで、よけいに深まりました。学部の学生では臨床経験がえられないので、吉祥院病院で、自閉症児の療育を一生懸命やっていました。とても、ありがたい思い出です。今も、そのときに担当していた、たかちゃんとたかちゃんのおかあさんを思い出します。村本さんには、プシケという研究会で、すごく哲学的、宗教的に深い話、また両者が交錯するグノーシスの世界など、深淵にふれる議論の機会をいただきました。吉祥院でも、プシケでも倉光さんは、いつもごいっしょくださいました。

河合先生が入院されてから、心配するわたしに、倉光さんと、元のサントリーの副社長の津田さんが、大切なことを教えてくれました。先生の生命力と先輩たち門下の祈る気持ちが通じて治りますように、年始には、先生がおうちにおられるように思って、年賀状を毎年と同じようにお送りしました。奥様さまもまた、祈る気持ちで、全員に一言返されたのではないでしょうか。

わたしにとって、いかに河合先生とユング心理学が大事なものであるのかを知っている友人、知人たちは、たくさんのメールや電話をくれました。また、偲ぶ文章を、わたしに送ってくださった方々もおられます。

ヤマハの技術展を、研修の間に訪ねさせていただき(二日とも)、出張先の浜松で訃報に接しました--その前の週の週末には、なんと、小学校を卒業して40周年という同窓会がありました。浜松から神戸に戻ってすぐに、ユングが好きなひとならなじみの、黒い表紙のプリンストン大学のユング全集(ボリンゲン・シリーズ)の第8巻、The Structure and Dynamics of the Pshcheを読むことにしました。ちょうど、リーダーシップの本ですが、シンクロニシティというタイトルの書籍の監訳をして、解説をつけるために、ユングのシンクロニシティについて、英訳の書籍を二冊、ここ2週間ほど持ち歩いていました。また、一ヶ月ぐらいまえには、松下電器産業部長の檜垣さんが、朝日カルチャーセンター講座カセットの河合先生の『ユングの心理学』をわたしにも聞けるようにしてくださいました。檜垣さんもまた、ユングから学んだこと、河合先生を松下の講演会に招かれたときの感動を書かれていました。

わたしも、今こういう文章をここに残しつつ、かつて、この同じブログに、快癒を願う文章を書き、先生の著作集第2期第10巻に書かせてもらって自分の文章を掲載しました。

こうやって、もう一度、先生から学んだことすべてに感謝しつつ、深く強く合掌し、先生のご冥福を心から祈ります。いっぱいの知的刺激と、学ぶことの楽しみと、深さを知る喜びを、20歳前後、わたしに与えてくだささったこと、また、臨床心理学を専攻したわけではないのに対談の機会までいただいたこと(門下でさえなかなかないような機会だとずっと感謝しています)、また、津田さんのおかげで、昨年、IBM六甲会議の場にて、直接また先生から学ばせていただく機会に恵まれましたこと、第2期第10巻のテーマも、その会議のテーマも日本らしだだったこと、すべてありがたく、もったいなく、感謝しつつ、合掌。天国からも超一流の知的ジョーク話してください。


posted by: 金井壽宏 | 2007.07.23 Monday | 01:34 |